
The
History of NJ-SKY
2003年8月
富里ふるさと祭で音響ボランティアをしていた中島氏、中山氏、山崎氏は、富里中央公民館、富里中学校、社会体育館や音響機器など、富里市が保有する施設、器材を活用したLIVEを発案。
2003年9月
中山氏を実行委員長として、中島氏、児玉氏、鎌滝氏、山崎氏、Judy氏などの音楽仲間を集めて、LIVEの楽しさを通じて街づくりに貢献するため、ROCK in TOMISATOライブ実行委員会を発足。富里市文化振興協会の理事でもある児玉氏より、富里市文化振興協会を紹介いただく。
2003年10月
富里市文化振興協会の横山会長、伊藤顧問、木川監事、井橋氏のご尽力により、富里市文化振興協会の主催になっていただき、同時に富里市教育委員会、富里市農業共同組合、富里商工会、新東京国際空港公団に後援いただき、12月に富里中央公民館で、LIVEを企画する。
2003年11月
中山氏、中島氏、児玉氏、鎌滝氏、山崎氏、Judy氏、佐藤氏は、Vocalが不在ながら、せっかくの機会なので、RITに我々も出演しようということで合意。企画書に参加BANDの名前を書く際、考案中とも書けず、メンバーの頭文字をとって苦し紛れにつけたのがNJ-SKY。メインで演奏しているBon
Joviの出身地にも通じるところがあり、いつしか正式名となった。
2003年12月20日(日)
Vocalを旧友MEXKALのTedとBetoにお願いしてNJ-SKYのメンバーが揃い、RITに参加することができた。時間が押したためリハーサル無しながら、初LIVEを無事行うことができた。RITも8BANDが参加。最後にXmas Song でSessionを行い、おおいに盛り上がる。
2004年2月14日(土)
Vocalに志津を中心活動中のユニットPANDAのメンバーで、大手レコード会社のエンジニア経験から芸能界に幅広い顔をもつPapayan山田を迎え、日吉台音楽祭へ参加。
2004年3月28日(日)
日吉台にあったSoul Sonic Bar(SSB)でRock&Latin NightをNJ-SKYで企画。MEXICALと競演。
2004年4月25日(日)
SSBにて、Acoustic Nightを企画。NJ-SKYは出演していないが、中村中さん、井田聖子さん、松尾一志さんに出演いただく。
2004年5月23日(日)
SSBにて、Rock Nightを企画、出演。競演はKEANE、カタパルト、hiro。以後、LIVE企画はRITに任せ、NJ-SKYは演奏に専念。
2004年6月27日(日)
RIT企画のSSB閉店の記念行事The Last
Liveに出演。競演は、ハラキリロマン、LOOSER、コロンビア チャネル、Orenzy。
2004年7月24日(土)
日吉台Summer Festivalに参加。この時のLIVEを元にNHKの「おやじバトル」にエントリーするが、237組の激戦の上、惜しくも落選。
2004年8月7日(土)
RIT単独主催となったRIT 2004 Summerで野外LIVEに出演。
2004年8月21日(日)
成田周辺のBANDが集まる恒例の成田ニュータウンふるさと祭に出演。
2004年10月10日(日)
Disco ENIGMAへ進出。71名の方に見に来ていただく。競演は、SSB、MEXKAL。
2004年11月6日(土)
Judy主催でJudy's hustle birthdayを開催。競演は、神閃組、she-so lock、カタパルト、hiro。
2004年11月15日〜
成田ケーブルTVでRIT 2004 WinterのTV-CFでNJ-SKYがOn Air